SF近未来都市・テクノロジー・格差社会
ペトリコール
シンタワーのクラウドゾーンでは、雨が降らない。
それはシステムの仕様だ。高度三百メートル以上のエリアには、ACC——自動気候制御システムが二十四時間稼働しており、湿度を七十二パーセントに、気温を摂氏二十度前後に常に保っている。晴れの日も曇りの日も、クラウドゾーンの空はいつも均一に白く霞んでいる。雨というものがどういうものか、ハルはここに越してきた十二年間、一度も体験したことがない。
「雨って、どんな匂いがするか、知ってますか」
その日、施設管理室に現れた修理員はそう言った。グランドゾーン出身の業者だとIDカードに書いてある。年は二十八前後だろうか。作業服の袖口に細かい泥が滲んでいた。ここでは見かけない素材の汚れ方だと、ハルは思った。
「匂い?」
ハルは手元の端末から目を上げた。
「ペトリコールって言うんですよ。雨上がりに土から立つ匂い。地球が呼吸する瞬間みたいで——なんか、好きなんですよね、自分は」
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#SF小説#短編小説#近未来#格差社会#Epoch
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