返事は、書く前に届いた
白紙の便箋に、文字が浮かんでいた。
真木遥人(まき・はると)は観測窓に額を押しつけた。ガラスの向こう、直径三メートルの円筒槽〈カウサ〉の中心で、昨夜置いたはずの白紙が静かに文字を滲ませていく。インクが紙に吸われるのではない。紙の奥から、文字が「思い出される」ように現れてくる。
《拝復 真木遥人さま》
筆跡は、見間違えようがなかった。
氷見小夜(ひみ・さよ)。同じ研究室の同期で、恋人で、半年前の雨の夜に死んだひと。
〈カウサ〉は時間対称性の検証装置だ。素粒子の世界では、時間は前にも後ろにも流れる。この槽はその対称性を、目に見える大きさまで引き延ばす。もっとも、逆向きに流れるのは物質ではない。情報だけだ。未来に書かれることが確定した文書は、書かれる前に、ここで読める。
つまり槽の中のあの返事は、これから書かれる。
死んだ小夜の筆跡で。
「誰が書くんだ」
遥人の声は、深夜の実験棟に吸い込まれた。返事はまだ、二行目を滲ませている最中だった。
《お手紙、読みました。あなたはいつも、大事なことを最後の一行まで書かないひとですね》
心臓が跳ねた。
遥人の机の抽斗には、書きかけの手紙が入っている。小夜に宛てて、出す宛先のないまま半年書き続けている手紙。その存在は、誰にも話したことがなかった。
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