二十一光年の子守唄
沙羅アレイが沈黙を破ったのは、午前三時十二分だった。
四十二年間、ただの一度も返らなかった空が、ふいに鳴った。当直の槙野が、震える声で透子を呼んだ。
「佐伯先生、こと座の方向です。ナローバンド。人工です、絶対に」
透子は六十八歳の膝をかばいながら、観測室へ降りた。モニタには細い輝線が一本、まっすぐに立っている。自然界は、こんなに細い線を引かない。雑音は山をつくり、星は帯をひく。これは誰かが、定規をあてて引いた線だった。
「周期は」
「ありません。繰り返しじゃない。一回きりの、ひとまとまりの信号です」
一回きり。透子の胸が、小さく軋んだ。返事とは、本来そういうものだ。同じ言葉を二度は言わない。
二十一光年先から届いた電波を、チームは三日かけて解いた。画像でも、数式でも、素数の階段でもなかった。復元されたのは、音だった。空気の振動を、そのまま符号に写しとった、ひどく古い録音の手ざわり。
研究員たちは戸惑った。知性の証明にしては、あまりに素朴すぎる。
透子だけが、最初の一拍で、椅子から動けなくなっていた。
音の頭に、ほんの短い無音がある。歌い出す前の、息を吸う間。その吸い方を、透子は知っていた。
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