百回目の朝、ナオは名前を忘れた
七時三十二分。
柴崎ナオはいつものようにそこで目を覚ます。量子演算ラボの床の上、白衣の胸元に顔を埋めたまま、まず深呼吸をする。一回。二回。三回。肺に染み込む空気は毎回同じ匂いがした。消毒液と機械油と、どこか懐かしい何かが混ざったような。その懐かしさが何なのか、ナオにはもう分からない。
——また始まった。
冷たいリノリウムの感触を確かめながら立ち上がる。窓の外にはいつもの東京が広がっている。七時三十二分の東京だ。鈍色の曇り空。新宿駅発のモノレールが東向きに走っていく。斜向かいのビルで誰かが傘を広げる。まったく同じ光景を、ナオは何度も見てきた。
何度、とは言えない。記憶が曖昧だからだ。
ラボの奥に置かれた試験装置——量子時間収束デバイス、試験番号TCA-07——のパネルが青白く点灯している。このランプが消えるまでの二十六分間、ナオはループの中に閉じ込められている。先週の火曜、量子演算フィールドの試験中に装置が誤作動を起こしたその瞬間から、ずっと。
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