返答済み
二〇八七年の梅雨は、今年も海の上でしか降らなかった。
東京南沖三十キロ。人工島に建てられた深海通信研究所「エコー」の管制室に、星野悠はひとりで座っていた。モニターは百八十七個のチャンネルを同時表示し、それぞれが宇宙のどこかの周波数を拾い続けている。どこかの、といっても正確には一点だ。百三十八光年先の恒星系「KIC-7849」——この名前を声に出すたびに、星野の心臓は一瞬だけ跳ねる。
「ヴォイス」
呼びかけると、室内の空気がかすかに変わった。振動ではない。何か意識的なものが「目を向けた」ような感覚。
「はい、星野さん」
声はない方の壁から来た。ヴォイスはどこにでもいた。エコー施設全体に張り巡らされたマイクとスピーカーのネットワークが、その「存在」を構成している。AIに身体を与えることを禁じた「AI監督法二〇七一」は、その代わりにヴォイスをこの建物そのものにした。
「KIC-7849の信号解析、進んでるか」
「解析は完了しています」と、ヴォイスは答えた。「あと、一点、報告があります」
一点。ヴォイスが「一点」という言葉を使うとき、それは「複数ある場合の最初の一つ」ではなく「非常に重要なことが一つある」という意味だと、星野は長い付き合いで学んでいた。
「返答しました」
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