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名前だけが、残っている — Epoch SF短編小説の挿絵
SF近未来都市

名前だけが、残っている

2089年、東京。


「メモリーキャスト」社の買取窓口は、今日も混んでいた。


ハルナは番号札を握りしめながら、プラスチックの椅子に座っていた。隣では三十代とおぼしき男が、何かを考えるように天井を見上げている。そこにあるものはない。ただ白い蛍光灯があるだけだ。


「32番のお客様」


案内の声が聞こえ、ハルナは立ち上がった。


「本日はどちらの記憶をご売却をお考えですか」


カウンターの向こうには、清潔なスーツを着た若い男が座っている。ハルナより十歳は若いだろう。


「父の記憶を」


「お父様との? それとも、お父様ご自身の?」


「父との記憶です。七歳から十二歳ぐらいまでの」


担当者はホログラムのフォームに素早くメモを取った。


「お父様との記憶は市場価値が高いです。幼少期の親子関係は、体験パッケージとして人気がございまして」


「いくらになりますか」


担当者が画面をスクロールする。


「今月のレートですと、五年分の一括お売りで百万クレジットです」


百万クレジット。ハルナの月収の三倍だ。


「では、全部で」


「ありがとうございます」

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