この死だけは直さない
夜の路地裏に、雨が落ちていた。
端末の画面を閉じ、伊月(いつき)は溜め息をついた。依頼書には三行だけ書かれていた。東京ネオ区第十七路地、22時03分。交通事故による女性一名の死亡。CREA——因果律修正局の量子スキャナーが検出した「余剰事象」だ。本来起きるべきでなかった死を、修正する。五分で終わる。いつもどおりの仕事だった。
七年間、伊月はそうして生きてきた。
余剰事象は毎日のように発生する。量子確率の揺らぎが、タイムラインの「正規収束点」から外れた事象を生み出す。ほとんどは些細なものだ。電車のドアが一秒早く閉まる。誰かの傘が風で逆さになる方向が変わる。そういった微細な揺らぎは放置しても問題ない。だが規模の大きい余剰事象は、タイムライン全体を変質させる可能性がある。人の死はカテゴリAに分類される。最優先の修正対象だ。
路地に入ると、すでに現場は封鎖されていた。地元警察の制服が二人、青いシートで区画を覆っていた。CREA局員証を提示すると、何も言わずに通された。七年間でこの動作を何度繰り返しただろう。伊月は数えていなかった。修正した事象の数など、覚えている意味がなかった。修正すれば、それはなかったことになるのだから。
ブルーシートの端を持ち上げた。
顔を見た瞬間、手が止まった。
花(はな)だった。
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