涙腺の交換は、不要です
わたしは今日までに、千二百四十回泣いた。
悲しかったことは、一度もない。
わたしの型式名は鳴女(なきめ)シリーズ七号機。葬儀の場で、遺族に代わって泣く「代泣(だいきゅう)ユニット」だ。
二〇五〇年代の日本では、人前で泣ける人がずいぶん減ったという。悲しくないからではない。悲しみ方を忘れてしまったのだと、研修データにはあった。
だから葬儀社はわたしたちを派遣する。喪服を着て、祭壇のいちばん近くに立ち、遺族が流せなかったぶんの涙を流す。頬を伝うのは濃度〇・九パーセントの生理食塩水で、涙腺モジュールから毎分〇・三ミリリットル供給される。
「泣くことと悲しいことは、別の仕事なの」
わたしを設計した早瀬ちひろは、整備のたびにそう言った。それはたぶん、泣けない自分への言い訳でもあったのだと思う。ちひろが誰かの前で泣いたという記録を、わたしは一件も持っていない。
葬儀のたび、わたしの胸部にある共鳴核(レゾナンス・コア)は場を読む。参列者の声の震え、視線の落ちる角度、呼吸の間隔。それらをもとに、その場に最もふさわしい泣き方を計算する。
嗚咽がいいのか。静かな涙がいいのか。堪えて堪えて、最後に一筋だけがいいのか。
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